「なんで先生を辞めたの!?」
「よく思い切って辞められたね」
「いつから思っていたの?」
と聞かれることがとても多いです。

今回は杉山がなぜ教員を辞めたのか?
3つの理由について書きます。

1. 本気で歌を教えて、本気で伸ばしたい

私は歌が好きです。
歌を仕事にしたいとずっと思っていました。

中学校の音楽教師はそれにピッタリの仕事でした。

しかし、中学校にはいろいろな子がいます。
歌が得意な子も、苦手な子も、大嫌いな子もいます。
自分が教えた子は最終的には「音楽の授業、楽しかったよ!」と言って卒業してくれましたが、それでもいろんな子がいる教室の中では、どうしてもやれることに限界があります。

めちゃくちゃやる気のある子に、自分の持っているスキルや知識を全力でぶつけて、本気で教えたらどうなるだろう?
そう考え、いつかは本気で歌が上手くなりたい人たちを相手に、本気で歌を教える仕事がしたいと考えていました。

 

2. 向上心のある人を全力で応援したい

中学校の教員というのは本当に忙しい仕事です。

早い人だと朝5:30に出勤、そうでない人も7:30ぐらいには出勤。
日中はトイレに行く時間もないほど走り回り、超大人数を相手に大声でしゃべり続けます。
16:00に授業が終わったらそのまま部活。
19:00に生徒が帰ったら、ようやくそこから事務仕事や授業準備です。
遅い人はそのまま夜22:00すぎまで学校にいます。
土日も朝から晩まで部活です。
たまーにある休みの日は昼過ぎまで死んだように眠り、夕方からたまった家事をこなすだけで消えてしまいます。

私はそんな中で「もっと勉強して力のある教員になりたい!…けど時間がなさすぎる!」というジレンマに、いつも悩んでいました。
そして、ジレンマを解決するために、速読、ライフハック、心理学などを勉強してきました。

教員に限らず、同じように悩んでいる若者はたくさんいると思います。
私は自分が今まで学んできたことを生かして、そういう野心や向上心のある若いビジネスマンを全力で応援していきたいと考えています。

その中でキーワードとなるのが『ライフワーク』『自分の武器を磨く』という言葉です。

 

3. 60歳までは続けられない

ここからはネガティブな話です。

私は音楽の教員になりたくてなりました。
私が教員になった当時、就職氷河期の終わり頃でしたから、中学校音楽の教員として採用されるのは静岡県内で1〜2人という時代でした。
死ぬほど苦労してその難関を突破し、教員になりました。

教員になってからも楽しいこと、ワクワクすることがたくさんありました。
クラスの子どもたちは自分を慕ってくれ(今でも連絡くれたり、飲みに行ったりします)
行事や部活に共に汗を流し、努力している子たちをバックアップし。
とても夢とやりがいのある仕事でした。

でも、60歳までは続けられないなと思いました。
それは精神的にすり減ることも多いからです。

怒りたくもないのに大声を出して叱ること(他の先生が怒鳴っている声を聞くこと)
時に暴言や授業妨害にさらされること(私はそんなになかったですが…)
毎年クラスが崩壊してしまう先生や、暴力を受ける先生もいました。

若いうちはこちらもエネルギーがありますから押し返せますし、後から振り返ると笑い話で終わりになります。

しかし、これを60歳まで続けるのか?
…と考えた時、私には無理だと思いました。
それも教員になったばかりの頃にそう思いました。

それもあって、「教員を辞めても自分のスキルで生きていけるようにしよう」という強く思うようになり、速読や心理学、ボイストレーニングのスキルをずっと磨いてきたのです。