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学ぶということは自分を変えること

投稿日:  カテゴリ: 教育
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学ということは自分を変えることです。
例えば・・・

知らない → 知る
できない → できる
わからない → わかる

これが学ぶということです。

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未熟だから学ぶ

例えば、子どもはなぜ学校に行って学ぶのか?
それは子どもが知識・技能・判断力・思考力・人間性・社会性において未熟な存在だからです。

もちろん子どもも大人と同じように人として尊重されるべきです。
子どもの自主性を重んじることも大切です。
しかし、子どもはまだ未熟な存在なのです。

だからいろいろなことを教えてあげなくてはならないし、学ばせてあげなくてはなりません。

例えば子どもが「勉強なんてやりたくない!」と言ったとします。
この意見を尊重していたら子どもに学力がつきません。

自主的にやるのを待っていたらいつまで経ってもやりません。
「勉強なんてやりたくない!」という考えを、「勉強がんばろう!」もしくは「勉強やらなきゃ!」という考えに変えてあげるのが教師や大人のつとめです。

大人から教えてもらったり、本で読んだり、自分で気付いたりして、「勉強なんてやりたくない!」という先を見通していない考えから、「勉強やらなきゃ!」という考えに変わること。
これが学ぶということです。

学びというのは知識を得るだけではなく、技能・判断力・思考力・人間性などに関わる幅広いものです。
上記の例は思考力・判断力が高めるタイプの学びです。

 

大人も学ぶ

子どもだけではありません。

だから大人になっても多くの人は学び続けまう。
未熟だからです。

それはテキストを使った学びばかりではありません。

「会社で上司に怒られた」 「お得意様からこんな要望があった」 「ネットでこんな記事を見かけた」 これも学びです。
大人も常に学び、変化しているのです。

 

自分を変えるのは大変

「あぁ!そうだったのか!!」とすんなり自分の中に入ってくる学びと、「理屈わかったけど中々できない」というようにすぐには消化できない学びがあります。

自分を変えるのはとても大変です。
ストレスです。


例えば、私はトランペットの奏法を何度か変えてきました。
吹き方にクセがあり、そのクセが音に悪い影響を与えていたからです。

それで唇の位置を調整したりして、なんとかクセを取ろうとしました。
すると、音がスッカスカになってしまい、高い音も出なくなってしまいました。

それでは困るので、もうあきらめて元の奏法に戻そうかとも思ったが、そのままではもううまくなれないと思ったので、辛抱強く矯正を続けました。
そして、なんとか良い奏法を身につけて、音も前より出るようになったのです。

このように今まで慣れ親しんだ方法、慣れ親しんだ考え方、慣れ親しんだ知識から抜け出すのは、とても苦しい。
前のやり方に戻してしまった方がどんなに楽か、と思ってしまいます。
しかし、学ぶことは自分を変えることです。

自分を変えることがあなたの成長につながるのです。

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