埼玉県などの教員の『駆け込み退職』が問題視されています。
今日はこの問題を行動経済学と進化心理学の視点から考えてみましょう。
駆け込み退職の教職員、4県で172人に : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
自治体職員の退職手当引き下げを盛り込んだ改正条例施行を前に、埼玉県で公立学校の教員らが早期退職を希望している問題で、同県や佐賀、徳島、熊本県で計172人が、引き下げ前に退職したか、早期退職を希望していることが文部科学省の調査で分かった。 …
行動経済学:人は利益よりも損失を嫌う
人は『利益』と『損失』では、『損失』の方をより強く意識します。
例えば次のような実験があります。
A:100%の確率で100万円を手に入れるか。
B:50%の確率で200万円があたり、50%の確率でハズレが出るクジをひくか。
という選択肢を提示します。
すると、60%の人がAを選びます。
どちらのクジも期待値は100万円なのですが、50%のハズレという方を強く意識してしまうのです。
では次に、
A:100%の確率で-100万円されるか。
B:50%の確率で-200万円され、50%の確率で負債が免除されるクジをひくか。
という選択肢を提示すると、今度は逆に70%の人がBを選択します。損失が目の前にあると、多少不確定でも損失から逃げられる可能性がある方を選ぶのです。
これはノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ダニエル・カーネマンが提唱した理論で、『プロスペクト理論』と言います。
人は『利益』と『損失』では、『損失』の方をより強く意識するのです。
これを行動経済学では損失回避性といいます。
進化心理学:「獲物を奪われるな!」という遺伝子プログラム
なぜ損失の方を強く意識するのか?
それは進化心理学が説明してくれます。
野生動物は取り逃がした獲物(=利益)のことをいつまでもクヨクヨと考えている余裕はありません。
そんなことを考えているぐらいなら、さっさと走り出して、次の獲物を探した方が良いからです。
しかし、せっかく獲ってきた獲物を、他のオスに奪われてしまったらどうでしょう?
これは猛反撃します。
隣人に奪われて、ヘラヘラしているような個体は生き残れないからです。
逆に言うと、「自分の獲物を奪われるな!」というプログラムを持った種だけが、遺伝子を残して、現在まで生き残っているのです。
このプログラムが『なわばり意識』『所有意識』です。
人間のみならず、現在、生き残っている種の多くは『なわばり意識』『所有意識』を持っています。
それは一度獲得したものを自分の所有物と認識し、敵からそれを守ろうとする意識です。
この意識があるから、所有するまではあまりこだわりはなくても、一度所有したものを奪われる(=損失)ことについては、強く反応するのです。
これが損失回避性の原点です。
教員だって損失は回避したい
さて、
「3月まで働くと退職金減額するからね。でも、教員として最後までがんばってね」
と突きつけられた教員は、どう感じたでしょうか?
減額というのは損失です。
教員も人間ですから、当然、損失は回避しようとします。
高い倫理観を持っていようがいまいが、損失は回避しようとします。
これは進化の過程で何万年もかけて人間が培ってきた遺伝子プログラムです。
損失回避性の原理は、昨日今日の教員としての倫理観なんかよりもよっぽど強く人間の行動や感情を支配します。
倫理観とか、許されないとか、そんな理屈を突きつけても、この問題は解決できないのです。
行動経済学:時間割引率
最後に、行動経済学の考えに『時間割引率』という考え方があります。
「1時間後に1万円あげるよ」と言われる方が
「1年後に1万円あげるよ」と言われるよりはうれしい、
つまり、時間と共に価値は割り引かれていく、という理論です。
逆に言うと、人間は目先の損得により強く反応するようにできているのです。
教員だろうが、なんだろうが関係ありません。
あとから考えてみれば、たかが70万、だとしても「2月までに辞めないと70万円損するよ!」と突きつけられれば、ものすごく強く反応してしまうものなのです。
・・・というようなことを、制度を変ようという時点で予測してくれていれば、こんな大事にはならなかったでしょうに・・・。