ランニングをしていると、なんにも考えていない『無』の状態になることがあります。
これって仏教でいう『無我の境地』に近いんじゃないかと思うんです。
夢中で走っている時は、こだわりやストレス、欲望、恐れ、不安・・・そういうものをすべて忘れています。
ランニングは頭をからっぽにしてくれる
ランニングは頭をからっぽにしてくれます。
普段、私たちの頭の中はストレスや不安でいっぱいです。
こういう状態が慢性的に続くと、心身の不調につながります。
しかし、ランニングをしていると、頭であれやこれやと考える余裕はなくなります。
ランニングは私たちを日々のストレスから解放してくれるのです。
この『頭がからっぽになる』という状態は、禅の行き着く先、『無我の境地』と共通しています。
修行僧たちは、何年もかけて頭の中をからっぽにする、何も考えない状態をつくるために修行を積んでいます。
しかし、ランニングは簡単にこれに近い境地につれていってくれます。
私などは体力がないため、走っているとすぐに何も考えられなくなり、頭がからっぽになります。
どんなにストレスが溜まっていても、ランニングをすると頭がスッキリします。
ストレスは慢性的に続くと、ジワジワと精神をむしばんできますが、一旦リセットしてしまえが、すごくフレッシュな気持ちになることができます。
自分を見つめる
禅というのは別に怪しい宗教ではありませんw
仏教はもともと哲学です。
<参考> 今を生きる!シンプルに生きる!禅の生き方に学ぼう!
禅というのは自分を見つめる作業だと思います。
例えば、走っている時に「疲れた。歩きたい」と思っている。
自分を見つめられていない人は、その声にしたがって歩いてしまうことでしょう。
しかし、自分を見つる訓練を積み重ねていくと、「あぁ、自分はこう思っているな」と、自分を冷静に見つめられるようになります。
これも禅とランニングに共通することです。
禅的ランニング
『禅的ランニング』という本があります。
著者はアメリカのウィスコンシン大学で哲学を教えているラリー・シャピロ氏という方です。
しばらく前に題名に一目惚れして購入して読みました。
禅の教えをランニングに活かすというおもしろい発想の本です。
興味がある方はぜひお読みください!